Internal Strategy Document
本書は、信州TLO(以下「当社」または「大学」)および信州大学の担当者が、企業(以下「相手方当事者」または「乙」)との共同出願契約交渉を円滑かつ戦略的に進めるうえで、知っておいていただきたい点をまとめたものです。
契約交渉の成否は、ビジネス上の交渉力により大きく左右されます。特に大学発技術の社会実装においては、「大学の公益性・知財保護」と「企業の事業化スピード・独占欲」という、異なるベクトルを調整しなければなりません。そのため、必ずしも望ましい契約条件をすべて獲得できるわけではありません。
「絶対に譲れないガバナンス上の防衛ライン」
それはどこか、また譲歩せざるを得なかったポイントは契約締結後の実務でどうカバーするか、という点に集中することが重要になります。
本書では、これらの論点ごとに、実務上の重要性を以下の3段階で示しています。
当社のガバナンス、利益相反管理、および将来の収益基盤に直結する最重要項目
実務上のトラブルや「塩漬け」リスクを回避するために可能な限り獲得すべき項目
法的な確認事項、または定型的な手続き
第1部では、いただいた「契約交渉プレイブック」の原稿に基づき、契約実務の基礎を詳細に解説します。
この章では、契約の法的な定義だけでなく、大学という公的機関がなぜ厳格な契約を結ばなければならないのか、その「ガバナンス上の意義」を確認します。
(1) 契約の成立と法的拘束力
契約とは、当事者間に法的な効果を生じさせる合意を言います。
原則として、「申込」と「承諾」という意思表示の合致により成立し(民法522条1項)、書面は必須ではなく口頭でも成立します(民法522条2項)。
契約が成立すると、その契約に基づいて、当事者に権利、義務が発生します。契約に従った履行をしない場合、契約の相手方から、履行請求を受けたり、損害が生じた場合には損害賠償請求を受けるなど、法的に拘束されることになります。
(2) 法律と契約の関係
契約を締結した場合、法律の規定が適用されます。法律の規定には、「任意規定」と「強行規定」があります。
任意規定
当事者間の合意(契約)によって変更することができる規定。特定の法律の条文が任意規定か強行規定かは、条文を一読してもわからないことが多く、専門家に確認する必要があります。ただし、一般論では、民法や商法などの規定は任意規定が多いといえます。
強行規定
当事者間の合意によって変更することができない規定。
契約の役割は、①法律に定めのある任意規定による効果を修正すべき部分、②法律に定めがないが合意しておくべき部分、を検討し、強行規定に反しないように定めていく、ということになります。
(1) 総論
契約書とは、契約が行われたことを書面で証明するものです。以下の目的のために締結されます。
契約書に双方当事者が記名捺印することは、契約書に記載された事項に関して、申込と承諾という意思表示の合致があったことを明確にするためです。
(2) 契約書の紛争時の証拠としての活用
このうち、②後日の紛争防止・紛争時の証拠について、少し深掘りしてご説明します。
せっかく契約が成立しても、相手方当事者が、契約を守ってくれない場合がありえます。このような場合、こちらとしては、契約を守るよう申し入れ、それでも守ってくれない場合は、裁判等の法的手段を検討することになります。
裁判では、訴える側(原告)が、契約が成立したことを立証(裁判官が十中八九契約が成立したと確信させること)しなければなりません。双方記名捺印した契約書は、この立証を容易にしてくれるという効果があります。
ただし、契約書があったとしても、相手方当事者は、偽造であった、本気でなかったので契約は成立していない、もしくは契約は成立したが無効・取消事由がある、等と反論してくる可能性はあります。このため、確実に勝訴できるわけではありません。
また、裁判は多大な費用・手間と長い時間を要します。このため、裁判に進むことは、通常は双方にとってメリットがありません。このため、交渉により、「契約書があるので裁判してもこちらが勝つことは明らか。とはいえ少し譲歩するので、裁判に進まずに穏便に済ませましょう」という方向性での決着を図ることが現実的です。
(3) 法的拘束力がない合意の意味あい
契約書の中には、一部または全部の条項について「法的拘束力がない」ということを、合意するものがあります。本書でも、中間合意書では法的拘束力を持たせないことを予定しています。この点、少し深掘りしてご説明します。
「法的拘束力がない」とは、契約として成立していない、単なる紳士協定である、ということを意味しています。この場合、裁判になった場合、証拠として使えません。このため、「法的拘束力がない」書面を締結することの意義は、①合意内容の明確化に限定されます。
このような紳士協定であっても、双方が継続的なビジネス関係を維持したいと考えている場合には、事実上双方を緩やかに縛る効果はあると思われます。ただし、どちらかが、ビジネス関係から本気で離脱したいと考えている状況では、あまり効果はありません。
(1) 契約締結日
契約書には、多くの場合、契約締結日を記載する欄があります。この契約締結日には、「契約がいつ成立したか」を示すという機能があります。通常は、最後に契約書に署名押印する日を契約締結日とすることが多いといえます。
契約書上の契約締結日を、バックデートする(実際の署名押印日より前を契約締結日とする)ことは、できれば避けた方がよいです。これは、虚偽の事実を契約書に記載することになるためです。
契約書の合意内容の効力発生日を、契約締結日より前に遡らせたい場合には、契約書の中に、「本契約は、●●年●月●日から遡って効力を有する」と定めることで対処できます。
(2) 署名・押印欄
住所、法人名、肩書、氏名および押印欄を記載することが多いです。法人を代表する者、もしくは代理する者を名義とすることが通常です。相手方当事者が、大企業の場合、こちらの名義人について指定がある場合もあり得ますので、念のため注意していください。
(3) 契約書作成通数
契約当事者数分の契約書原本を作成し、各当事者が1通ずつ保管するのが通常です。
本章では、契約書の構成と、共通して登場する「一般条項」の読み解き方を解説します。
契約書は一般的に以下のような構成になっています。
| 項目 | 説明 | 具体例 |
|---|---|---|
| 1. 契約書タイトル | タイトルはわかりやすさが重要となります。ただし、法的な効果には原則影響しません。あくまでも契約の中身次第です。 | 売買契約書、●●に関する共同研究開発契約書、覚書等 |
| 2. 契約書前文 | 契約の締結主体となる契約当事者名や、対象業務を記載します。契約の効力というより、誰と誰の間の、どのような契約なのかを特定するという意義があります。 | ●株式会社(以下「甲」という。)と●●株式会社(以下「乙」という。)とは、●●業務に関し、次のとおり●●契約(以下「本契約」という。)を締結する。 |
| 3. 目的 | 契約全体の目的を記載します。契約の解釈基準となるため、ある程度具体的に定めておくことが望ましいです。 | 本契約は、●●に適用される事項を定めることを目的とする。 |
| 4. 定義 | 用語の定義を記載します。意図しない意味に解釈されることを防止します。 | - |
| 5. 取引固有の条項 | まさしく契約の中核です。 | この点は、後述(第2部)します。 |
| 6. 一般条項 | 契約類型にかかわらず、共通して定めることが多い条項です。 | 秘密保持、反社条項、損害賠償、不可抗力、契約期間、中途解約、契約終了後の扱い、紛争解決条項、協議事項 |
| 7. 契約書後文 | お作法に近いものです。 | 契約締結の証として、本契約書を2通作成し、甲乙それぞれ署名(記名)押印の上、各1通を保有する。 |
| 8. 別紙 | 契約書にて参照した情報を記載します。実務上大変重要になります。 | - |
一般条項のうち、解除・期限の利益喪失、損害賠償、不可抗力、譲渡禁止、契約期間・契約更新、中途解約、契約終了後の取り扱い、紛争解決条項について説明します。
一定の事由がある場合に当事者が契約を解除できることを定める条項です。 仮に、契約上解除に関する事項を記載しなくとも、相手方当事者が、債務を履行してくれない場合は、民法上の規定に基づき、契約を解除することができます(法定解除)。法定解除では不十分な場合に、追加的に解除事由を定めるために定められます。
解除の前に是正のための前置き期間がある“催告解除”と、その期間がない“無催告解除”があります。
① 催告解除
催告解除では、一般に、契約違反に関する事由を記載することが多いです。当該事由については、原則的には受け入れてよいと考えられます。
ただし、例外的に、貴社の立場で、契約のいずれかの条項に軽微な違反をする可能性がある、もしくは違反していないがそう疑われても仕方がない事情がある場合、その点を特定して、明示的に外してもらうことが望ましいです。
② 無催告解除
無催告解除では、一般に、会社の事業運営が難しいとされる事由を記載することが多いです。これらの事由については、特に問題なく受け入れてよいと考えられます(この点を拒絶しても受け入れてもらえる可能性はまずないと思われます)。
契約違反行為があった場合の損害賠償を定める条項です。 仮に、契約書において、損害賠償条項を設けていなかったとしても,法律の規定(典型的には民法415条)に基づいて相手方に損害賠償請求をすることは可能です。
注意を要するのは、スタンダードな条文から修正されている場合です。契約類型からみて、貴社が相手方当事者に損害を与える可能性がある場合には、損害賠償の範囲が、幅広くなっていないか確認する必要があります。逆に、相手方当事者が貴社に損害を与える可能性がある場合には、損害賠償の範囲が、不当に狭いものになっていないか確認する必要があります。
① 範囲の限定(直接かつ現実に生じた損害)
[損害賠償範囲を若干絞った条文] 第●条(損害賠償)② 上限の設定
[損害賠償範囲を若干絞った条文] 第●条(損害賠償)③ 期間制限
[期間制限を設けた条文] 第●条(損害賠償)(ウ) 不可抗力
いずれの責任でもない不可抗力事由が発生した場合の取り扱いを定める条項です。 仮に、契約書において、不可抗力条項を設けていなかったとしても,不可抗力事由により、債務不履行が生じた場合には、損害賠償責任を負わないこととされています。この不可抗力事由をしっかりと明記することが、契約上の意義です。論点になることは多くないといえます。
(エ) 契約期間・契約更新
契約の有効期間を定める条項です。 特定の物品の売買契約のように、単発取引では契約期間を定める必要はありません。一方、貴社が取り組まれる、材料や製品の継続的な共有契約や、共同開発などのプロジェクトものの契約では、契約期間を定めておく必要があります。 期間の始まりと終わりを明記することが必要です。また、自動更新条項を設けることも多いです。契約の更新の必要がない場合、更新拒絶をしておく必要がありますので留意してください。
(オ) 中途解約
契約期間の定めを置く契約では,契約期間の定めにかかわらず中途解約できる条項を置く場合があります。 この条項は、貴社スタンス次第で、望ましい条件が変化するため、要注意です。
① 逃げ道を確保したい場合
[中途解約が容易な設定の条文案]② 囲い込みたい場合
[中途解約のハードルが高い設定の条文案]※なお、「解除」は最初から存在しなかった状態にするもの、「解約」は将来に向かって消滅させるものです。
(カ) 契約終了後の取り扱い(存続条項)
原則として契約終了とともに効力は終了しますが、秘密保持、損害賠償、紛争解決(準拠法,合意管轄)、知的財産権の帰属に関する条項などは、終了後も効力を存続させる必要があります。
(キ) 紛争解決条項
準拠法(通常日本法)や裁判管轄についての定めです。裁判管轄は、貴社からアプローチしやすい大阪地方裁判所(TLOの拠点)や長野地裁(大学所在地)とすることが望ましいですが、相手方が大企業でこだわりが強い場合は、ここを譲って他の有利な条項を獲得する戦略も有効です。
以下の視点をもって、契約書を読み、修正する必要があります。
(ア) これまでの協議内容が反映されているか
相手方の法務部門が作成する場合、これまでの協議内容が正確に反映されていないことがあります。法律以前の問題として、日本語として素直に読んだときに齟齬がないか確認してください。相手方としっかり目線あわせをし、共通認識になっているか「指差し確認」することが契約締結の大きな意義です。
(イ) 当社にとって不利になっていないか
最も留意すべきなのは、当該契約を締結することでどのような負担を負わされるのかという点です。①どのような業務をしないといけなくなるか、②万が一失敗した場合にどのようなペナルティがあるか、③他の商機を逸しないか。日本語として素直に読んで問題ないか確認してください。
(ウ) 契約書には限界があることを意識しているか
裁判は多大な費用・手間・時間を要し、双方にメリットがありません。また、損害賠償には契約違反と損害の立証が必要であり容易ではありません。契約を締結したからといって、必ずしも相手を縛り付けられると確信すべきではなく、相手方が違反しない相手であるか、違反されても致命傷にならないかを見極めることが必要不可欠です。
一定規模の大企業では、事業部門との合意後に法務部門のレビューがあり、不利な条項が削除されたり「ちゃぶ台をひっくり返される」ことも生じえます。 これをやむを得ないことと認識したうえで、以下の対策を講じてください。
ワードファイルのやり取りに際しては、修正履歴を付すとともに、ビジネス上どうしても妥協できない点にはその旨にコメントを付すことで、やり取りの回数を減らすことができる可能性もあります。
信州大学には交渉の余地を与えない「2つの鉄則」が存在します。これらはポリシーであり、交渉のカードではありません。
【なぜ全額負担なのか? 3つのロジック】
1. リスク・リターンの原則
企業(乙)は、この特許を実施して事業収益(リターン)を得る主体です。したがって、それに伴う投資コスト(特許費用)は、受益者である企業が負担するのがビジネスの原則です。大学は実施による直接的なリターンを得ません。
2. 大学の予算構造上の限界
国立大学法人には、営利企業のように柔軟に使える予算がありません。もし「費用折半」にしてしまうと、特許出願から20年間にわたる維持年金を、大学の公的資金から捻出し続けなければなりません。これは実質的に不可能です。
3. 「実施の機会」とのバーター取引
大学は、貴重な知的資産である「発明」を提供し、企業に「実施の機会(CLOSE型なら独占権)」を与えています。「本学は技術と独占権を提供します。御社は資金(費用)を提供してください」という役割分担こそが、産学連携の対等性です。
💡 交渉の切り返し(費用負担)
企業:「持分が50:50なら、費用も折半するのが筋でしょう?」
TLO:「一般の企業間契約ならそうかもしれません。しかし、本学は教育研究機関であり、自ら事業を行って費用を回収する手段を持ちません。その代わり、御社には本技術を事業化して収益を上げる権利を最大限配慮しています。『事業化の権利』と『費用の負担』はセットでお考えください。」
契約項目表4(権利の持分) は、議論になりやすいポイントですが、ここでも原則を曲げてはいけません。
【持分決定のロジック】
● 発明者主義(特許法上の大原則)
特許を受ける権利は、「発明をした者(創作行為に加担した者)」に発生します。「研究費を出した人(スポンサー)」は発明者ではありません。いくら企業が1億円出そうが、大学の研究者が発明の着想と構成を考えたのなら、特許権は大学に帰属すべきものです。
● 「金を出したから100%」の拒絶
企業はよく「費用を全額負担するのだから、企業の持分を100%にしたい」と提案してきます。これを受け入れると、大学の権利が失われます。原則受け入れることはできませんし、仮に受け入れるとしても、大学が発明者から承継した「特許を受ける権利」の有償譲渡の交渉が必要となります。
● 実務上の落とし所:50対50
厳密に「このアイデアは先生が30%、実験は企業が70%」と切り分けるのは困難です。そのため、双方が実質的な貢献をしている共同研究の成果であれば、「甲:50%、乙:50%」として、対等な権利持ち分とするのが最も多いケースです。
💡 交渉の切り返し(持分)
企業:「費用を全額負担する条件として、弊社の持分を増やしてほしいのですが。」
TLO:「お気持ちは分かりますが、特許法上、持分は『発明への知的貢献度』で決まるものであり、費用負担とは切り離して考える必要があります。もし、御社の研究員の方が発明の核心部分を単独で考案されたという客観的証拠があれば検討しますが、共同で創出したものであれば、発明への貢献に応じての決定となります。」
さて、上記の「費用は企業持ち」「持分は50:50」という原則が決まりました。 では、なぜわざわざ細かい条文が並ぶ「共同出願契約書」を結ぶ必要があるのでしょうか? それは、特許法のデフォルトルール(第73条)が、大学にとって極めて不利な構造になっているからです。
(共有に係る特許権) 第73条
第1項:特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定することができない。この条文をそのまま適用すると、製造設備を持たない大学に致命的な不均衡が生じます。
● 第2項(自己実施)の罠
法律は「共有者は自由に実施できる(タダで使える)」と定めています。
企業は自ら工場で製品を作って利益を得られますが、大学は自ら実施できません。
結果、「企業だけが独占的に利益を得て、大学には一銭も入らない」という状態が合法的に成立してしまいます。
● 第3項(ライセンス)の罠
法律は「他人にライセンスするには共有者の同意が必要」と定めています。
企業が「競合他社には使わせたくない」と同意を拒否すれば、大学は第三者にライセンスして収益を得る道も閉ざされます。
結果、「技術の塩漬け」が発生します。
第73条第2項にある「契約で別段の定をした場合を除き」を根拠に、法律を修正します。
💡 コーディネーターへの洞察
企業側が「法律通りシンプルにいきましょう」と言ってきたら、それは「大学の権利を放棄しろ」と言っているのと同じです。
「本学は自己実施できないため、特許法73条の原則通りでは衡平性を欠きます。したがって『別段の定め』として本契約が必要です」と切り返してください。
(1) CLOSE型の定義:独占と対価のバーター
CLOSE型とは、パートナー企業(乙)に「他社を排除して独占的に実施する権利(実質的な専用実施権)」を与えるモデルです。 その代わり、大学は第5条(費用全額負担)に加え、第8条において「実施料(不実施補償)」の支払いを義務付けます。
(2) 第8条(実施):実施料支払いの「完全義務化」
特許法73条2項(共有者の自由実施)を、契約で明確に否定し、対価を義務付けているのがこの条文です。
(3) 第9条(第三者に対する実施許諾):同意権による「独占の担保」
企業がなぜ実施料を払ってまでCLOSE型を選ぶのか。それは第9条によって「他社に使わせない権利」が保証されるからです。
(1) OPEN型の定義:普及と収益の分離
OPEN型とは、特定の企業に独占させず、広く普及させて市場拡大や標準化を目指すモデルです。 企業(乙)には「非独占的な実施権」のみを与え、大学は「第三者からのライセンス収入」を総取りすることで収益化を図ります。
(2) 第8条(実施):非独占による対価の抑制
企業は他社を排除できません。「自分も使えるが、ライバルも使える」状態です。他社排除権(独占権)がないため、CLOSE型のような高額な「不実施補償」を請求する根拠は弱くなります。実務上は、無償あるいは低廉なランニングロイヤリティで合意することが多くなります。
(3) 第9条(第三者に対する実施許諾):包括同意と収益総取り
ここが実務上の最重要ポイントです。 企業がOPEN型を選択する動機には、純粋な普及目的以外に、「CLOSE型の実施料(第8条)を逃れつつ、実質的に独占する」という知財戦略が隠れていることがあります。
▼ 擬似OPEN(実質独占)のメカニズム
💡 アクションプラン:発明者ヒアリング
企業からOPEN型の提案があった場合、交渉前に必ず発明者の先生(教員)に確認してください。
質問:「先生、この技術は、パートナー企業のノウハウや設備がなくても、第三者(他社)が実施可能ですか?」
回答A:「あの会社の特殊技術がないと動かないよ」
👉 判定:擬似OPEN。 第三者にライセンスできないため、大学の収益はゼロになります。
👉 対策: 必ずCLOSE型を選択し、実施料を徴収してください。
回答B:「あ、この特許があればどこでも作れるよ」
👉 判定:真正OPEN。 OPEN型で進めてOKです。大学主導でライセンス活動を行いましょう。
企業が、OPEN型(実施料なし)を選んでおきながら、修正案として以下のような条項変更を求めてくることがあります。
💡 コーディネーターへのカウンターアクション
この「いいとこ取り」を許してはいけません。以下のロジックと条項案で切り返してください。
【交渉ロジック】
「競合他社を排除したいというご意向は理解します。しかし、『他社を排除する権利』こそが『独占権』そのものです。独占権を行使されるのであれば、その対価(不実施補償)をいただくのが筋です。」
【カウンター条項の提案】
『乙が、甲の提案する第三者への実施許諾に対して拒絶の意思表示をした時点で、乙は本発明を独占的に実施することを選択したものとみなし、直ちに甲と第8条に基づく独占的実施契約を締結し、所定の実施料を支払うものとする。』
| 項目 | CLOSE型(企業独占) | OPEN型(普及・非独占) |
|---|---|---|
| 事業化の狙い | 一社独占 (高収益・高リスク) | 普及・標準化 (薄利多売・市場拡大) |
| 第8条:企業の実施 | 実施契約の締結義務あり (不実施補償が必須) | 非独占的に実施可能 (実施料は低廉または無償が多い) |
| 第9条:第三者許諾 | 原則禁止(同意が必要) ※ただし3年ルールあり | 自由(包括的同意済み) ※競合他社へも自由にライセンス可 |
| ライセンス収入 | 企業からの「独占的実施料」が主源泉 | 第三者からの「ライセンス料(全額)」が主源泉 |
| 警戒すべき罠 | 事業化しないまま放置される (塩漬けリスク) | ①技術的独占(背景知財の壁) ②競合排除(いいとこ取り) |
特許法73条3項は「共有者の同意がなければライセンスできない」と定めています。これを防ぐのが、CLOSE型第9条第2項の「ロックイン解除」と、OPEN型第9条第1項の「収益総取り」です。
CLOSE型では独占的な地位を与えるため、原則として同意を必要としていますが、大学が永遠に顔色を伺うわけではありません。
この条文は、以下の2段階のトリガーで発動する「時限爆弾」です。
契約未締結トリガー
特許登録から3年経っても、実施契約(不実施補償の支払い)を結ばない場合。
不実施トリガー
実施契約は結んだが、そこから3年経っても、実際には製品を作っていない場合。
💡 コーディネーターへの洞察:3年ルールの交渉術
「本学は、技術が死なないための『安全装置』として、この条項は必須です。御社が事業化してくださるなら、この条項は一生発動しません。」
OPEN型では、契約締結の瞬間から出口を開放し、その代わり「外で稼いだ金は全部大学のもの」というルールを適用します。
理由: 企業(乙)は自ら実施して利益を得ています。一方大学はできません。したがって、「内(自己実施)での儲けは企業へ、外(ライセンス)での儲けは大学へ」という完全分業を行うのがルールです。
💡 コーディネーターへの洞察:収益分配の交渉術
企業が「ライセンス収入も半分よこせ」と言ってきたら:「では、御社は自社製品の売上利益を本学と山分けしてくださいますか? しませんよね。」と切り返してください。
近年、スタートアップ創出が強く求められています。CLOSE型契約でも「大学認定スタートアップだけは例外とする」特約条項を必ず提案してください。
【提案カードA:原則(Strong)】
「2 甲が認定する信州大学発スタートアップ認定企業に対する本発明の実施許諾(以下「本許諾」という)を、甲が希望する場合は、甲は事前に乙に対して書面(電磁的記録を含む)で通知し、乙は当該通知を受けた本許諾に同意するものとし、実施許諾条件については甲及び乙で協議の上、決定するものとする。」
【提案カードB:若干譲歩(Middle)】
「但し、本許諾が乙の事業に不利益をもたらす場合には乙は同意を留保することができ、その場合は甲及び乙で誠意をもって第1条の共同出願の目的に照らして協議し解決をはかるものとする。」
【提案カードC:さらに譲歩(Weak)】
「甲が認定する信州大学発スタートアップ認定企業であり、かつ本発明の甲の発明者が関与して設立された法人(以下「本スタートアップ」という。)に対する本発明の実施許諾を、甲が希望する場合は、……乙は当該通知を受けた本許諾に同意するものとする。」
💡 コーディネーターへの洞察:例外条項の切り出し方
「発明者である先生ご自身がリスクを取って起業される道まで、御社が塞いでしまう合理的理由はありますか? むしろ、連携するエコシステムを作る方がプラスになるはずです。」
「事業リスクは収益を得る企業が負う(大学は負わない)」という原則を徹底する必要があります。
大学はメーカーではないため保証能力がありません。訴訟コストも負えません。
相反する利害を調整するのが第11条第2項です。
同意義務: 企業は「新規性の喪失」がない限り大学の公表を止められません。「同意するものとする(shall agree)」という強い義務規定です。これがないと、学生の卒業や研究実績に重大な支障が出ます。
秘密保持期間は有期(3〜5年)を主張。紛争処理はリスクがある限り「消滅するまで」責任を続けます。
公平なルール: 「訴えられた側のホームコートでやる」。企業が大学を訴えるハードルを上げる意味でも、この条項は合理的です。
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